粟屋幹

あわや みき
粟屋 幹
陸軍少将
正四位勲三等功三級[1]
士官生徒1
山口県
? - 大正4年1月24日


経歴

明治8年1月28日 陸軍士官学校入校
明治10年3月7日 士官見習
明治10年4月9日 陸軍少尉試補
明治10年12月22日 陸軍少尉
明治28年8月10日 陸軍幼年学校
明治29年9月25日[2] 免本職補歩兵第11聯隊
明治31年3月4日 陸軍歩兵大佐
明治34年4月8日 歩兵第42聯隊
明治35年5月13日 停職被仰付[3]
明治37年5月13日 予備役
明治37年5月14日 留守歩兵第18旅団長兼敦賀俘虜収容所
明治38年9月20日 正五位
明治39年2月21日 陸軍少将
退役
明治41年6月2日 萩町長(~明治43年11月19日)
大正4年1月23日 正四位
特旨ヲ以テ位一級被進
大正4年1月24日 薨去

出典

  1. 大正4年2月1日官報
  2. 明治29年9月28日官報
  3. 同時に村山正明陸軍少佐林仲之助陸軍少佐内藤辰次郎陸軍二等軍吏が停職となっている。